生田蕗子の土産
年に数回ほど、普段は散らかり放題の自室を何故だか徹底的に片付けたくなることがある。
少し前にテレビの番組でよく取り上げられていた「ゴミ部屋」「ゴミ屋敷」とまでは行かないと自分では信じているのだが、決められた収納場所すら持たない大量のモノが部屋中に溢れかえっている状態は、やはり汚い部屋、という他無い。とりあえず生ゴミ系のモノが無いのは救いか。
モノの少ないシンプルな部屋、というかシンプルな生活に憧れる反面、モノは次々にこの部屋に自分の手によって持ち込まれている。持ち込むときには、大して意識することも無いが、片付けようと思うと持ち込んだモノの多さにどこから手を付けて良いか分からず呆然とするわけだ。
過去、「捨てるナントカ」とか、「ナントカ人に学ぶシンプル生活」だとか「ナントカカントカ収納法」「ナンヤラ整理法」だとかいう本は大量に読んできた。手間をかけずにパパっと片付けるもっといい方法があるだろうという夢を見ているのだと気づくべきなのだが、何冊ハウツー本など読んだところで手を動かさない以上、いつまで経っても「美しく整頓された私の部屋」などにはならない。
私の片付けは、まず床に散らばったモノ、机の上に散らかっているものを段ボール箱に押し込めて、床のフローリングは見えるようにする。あとは、段ボール箱の中のものを要るものと要らないものに分けて、と考えるのだが、数日かけて仕分け作業をやっているうち、いつの間にか仕分け作業は中断され、段ボール箱の上に更にモノが積み重なって、いずれ床にもモノが溢れ出し、そして振り出しに戻る、という永久ループとなる。狭い室内には、そうやって作った箱がいくつかある。
この場合、いくつかのハウツー本で読んだ手順に従うなら、段ボールに蓋をして数ヶ月か1年か置いて、段ボールの中の使わないモノは中身を見ないで捨ててしまっても問題無いということになるのだが、私には捨てられない。
しかし、この永久ループを続けていても、部屋に中身謎の箱ばかりが増えるばかりであるので、処分前提で箱を一つ開けてみた。
その箱の中には、学生時代に使っていた工具と、玩具類などが入っていた。玩具の類は以前随分処分したつもりだったが、ゲームウォッチやら、万華鏡やら、自分が欲しくて欲しくてやっと手に入れたものは思い入れが強くて捨てられなかった。箱にあった袋の中にキーホルダーが大量に入っているのを見付けた。その多くには、各地の地名が書いてある。旅行土産のキーホルダーだ。これは誰から貰ったもので、これは自分が修学旅行に行ったときに買ってきたものだとか、案外ちゃんと覚えていて自分でも驚いた。
ゲームウォッチも、万華鏡も、キーホルダーも、荒ゴミ用に用意したゴミ袋に全部放り込んだ。
捨ててしまうと、これらを手にとって思い出す機会はなくなるのだと思いながら。
室内の段ボールはまだいくつもあって、押入れの奥だって今まで適当に突っ込んできたもので一杯で、でもこれ以上溜め込んでいくわけにはいかないと何故だか思う。それは、ただ片付いた部屋を求める気持ちだけでもない。
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