« December 2003 | Main | February 2004 »

生田蕗子のプリン

髪が伸びてきた。

髪を染めているので、光の加減によっては伸びた長さがくっきり分かる。いわゆるプリン頭という状態か。色を抜いているわけではないのでプリンというほどプリンしているわけでもないのだが。カスタードプリンではないがチョコレートプリンあたりかと考えた時点で、はて、チョコレートプリンにカラメルソースは付いていただろうかと考え直す。そういえば、100円ショップでたまにプリンの素を買って作ってみるが、粉末のカラメルソースをかけるのをよく忘れている。冷やしておけば黒い部分が勝手に分離してくれる黒ゴマプリンの素は素晴らしい。

そろそろ伸びてきたと思った時点でさっさと美容院に行けば良いのだが、なぜかずるずると先延ばしにしてしまいがちで、髪が広がってどうにも収まりがつかなくなってからようやく美容院に足を運ぶことになる。

髪を染め始めたのは2年程前から。
地味、目立たない、貧乏臭い、眼鏡というだけのことなのだが、どうも周囲に「マジメなイクタさん」と思われているらしいのがしんどくて、ちょっと頭に色を付けてみた。それまで髪の色を染めたことなど一度も無かったのだが。派遣元の会社の規定に「髪を茶色に染めない」という中学校の校則バリの項目があるらしいのだが、これまでのところ髪の色に関して会社から特に何か文句を言われたということはない。
とりあえず、髪の色を変えたからと言って、だから何が変わったということもない。髪の色しか変わらない。

「プリンというデザートは、何をもってプリンと呼ばれるのだろうか?」
以前、お昼を食べていた時に、人に問われた質問である。
牛乳と卵が入ってたらプリンではないのかと答えると、彼女は食後のデザートに食べていた「なんとかプリン」の蓋を見せてくれた。蓋に記載されている原材料名には、牛乳も卵も書かれていなかった。
以後現在まで彼女と同じ疑問を抱くこととなったが、すごくどうでもいい疑問であるためその答えを調べたことはない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生田蕗子の大人買い

中学に入るまでは、ほとんど漫画というものを買ってもらえなかった。当時、目にする漫画はせいぜい「小学○年生」に連載されている漫画と新聞の4コマ程度である。自分で漫画本を買うこともなかった。一度だけ買ってもらった1冊のドラえもんのコロコロコミックの単行本は、そりゃあもう何十回も何百回も読み返した。
中学に入ってからは、それまで禁止されていた漫画が解禁されたのだから、あっさりはまり込んでオタク化するのは当然の流れと言えた。某事件の直前で、「オタク」という言葉が現在のような蔑称ではなく、その道に踏み込みかけた中学生にとっては通の隠語のように映っていた時代の話である。同時に、3歳年下の弟にも漫画が解禁されたのが納得いかないと言えば、大変納得いってなかったわけなのだが。

学生の頃は一生漫画やアニメやゲームを追いかけて過ごすのかと思っていたが、就職してみると案外そうでもないことを知る。いつの間にか、毎週放送されるアニメや数ヶ月に一度発売される単行本に付いていけなくなっているのだ。CMがバンバン流れている話題作のゲームを買ってはみるものの、いつの間にやら強敵遭遇の直前でセーブしたままほったらかしとなっている。多分この場合、既に3回ぐらいはその強敵に殺されている。

前はそうではなかった。次の週の放送を待ち焦がれていたし、次の巻が発売されるまでの数ヶ月はすごく長かった。なかなか倒せないボスに勝つまで何十回だって挑戦した。

たまに書店の漫画コーナーに行っても、新刊のコーナーは全然知らないタイトルばかり。せいぜい放送されているドラマと同名のタイトルが目に付く程度である。ケーブルテレビのアニメチャンネルも、自分が昔見たことのある番組だけしか見なかったりする。

それでもたまに、それまで全然見たことのないアニメを見ることがある。夜更かししてて、なんとなくテレビの電源を付けてみたら、なんかアニメやってるからなんとなく見てみたとか。一度見てしまうと、その話の前後が気になって、インターネットで色々検索してみたりした挙句、結局、原作やノベルに手を出してしまうということが、頻繁ではないがたまにある。原作の単行本がかなりの冊数を重ねている場合でも、それでも躊躇なく短期間で揃えることのできてしまう現在の財力に感謝する。

一通り、原作に、ガイドブックに、アニメのムックと揃え終わって、さて次に。ふと玩具屋の店頭のカプセル自販機の列の中に、そのアニメのキャラクターの絵があるのを発見する。財布を見れば、100円玉が三枚。あたりを見回してから、2枚の100円玉を突っ込んでハンドルをひねる。出てきたのはお目当てではなかったキャラクターのキーホルダーのようなもの。
かくなる上は、どこかで1000円札を崩して……と、考えた時点で、我に返る。こんなもん集めてどうするんだ、どこに置くんだ、どこにぶらさげるんだ、と。
今更いい年してグッズもないよなと考え直し、とりあえずレンタルビデオ屋を覗いて、目当てのビデオがまだ出ていないことを知って肩を落としてみたり。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生田蕗子のオルゴール

派遣先の職場では休み時間の終わりに一日3回の音楽が流れる。あたかも、小学校の掃除の時間に音楽が流れるがの如く。ちなみに前の派遣先では、始業前にラジオ体操の音楽と社歌が流れていたため、他所の会社の社歌をすっかりソラで歌えるようになってしまった。休み時間が始まるチャイムは鳴ったか鳴ってないか分からないような音量なのに、休み時間の終わりのチャイムはこの前奏付きで聞こえなかったことがない。

この音楽、どういうタイミングか知らないが、時々曲目が変わることがある。最近、お三時の休憩の終わりに流れてくる音楽に聞き覚えがあるような気がした。私の派遣されている部署では、お三時もお十時も休み時間にならないから関係ないのだが。

少し考えてみて、どこで聞いた曲か思い出した。昔に買ってもらった小さい手回し式のオルゴールの曲だ。
小二の終わりから小三にかけての1年と少しの間、家庭の事情ということで、それまで住んでいた関東と家族と離れて、近畿に住む叔母一家の家に居候していた。オルゴールはその頃に、近場の観光地の土産物屋で買ってもらったものだ。祖母だったか、父親だったか、母親だったか、叔母だったか、誰に買ってもらったのかはすっかり忘れてしまったが。
ほとんど身一つでこちらに来たので、当時はぬいぐるみだの本だの小物だの服だの菓子だのと、やたら買い与えられていたような記憶がある。

叔父が買ってくる写真週刊誌が珍しくて、グリコのかいじん21面相の記事などを何度も読んだ。自分の父親はその手の雑誌は買ってこなかったのだ。裸の女の人が横断歩道を走っている写真があったので、「このしゃしん、どうやってとったの?」と叔父に聞いたら、以後、彼がその雑誌を買ってくることはなくなった。悪いことをした。
私が小四になる前に、父親が大阪の方に転勤になったので、以後、家族で叔母の家と同じ団地内に住むこととなった。

給湯器で茶など淹れつつ、スピーカーから流れる音楽を聴きながら、あのオルゴールの原曲はこういうテンポだったのか、と思った。さて、あのオルゴールはどこにやったんだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生田蕗子とSPAM

迷惑メールの代名詞SPAM、のネーミングの元となった肉の缶詰がある。

たまに行く中華食材の店の沖縄食材コーナーの、パイナップル味ハイチューの隣に並んでいるのを見付けたので、かの有名な缶詰はどんなモノかと、月餅とパイナップルケーキと一緒にレジに持っていったのが最初だった。
以後、SPAMやチューリップなどのポークランチョンミートという缶詰をたまに買っている。

ちなみに、SPAMよりもチューリップの方が50円ほど安いのでそちらを選ぶことが多い。
最近、自分の行動範囲内でも沖縄食材のチェーン店をいくつか見かけるようになったが、ランチョンミート缶の価格の方は現地価格とはいかず、いや沖縄でも輸入品なんだけど、いつもの店よりもお値段高めであったのが残念であった。

昼食の弁当に詰めるおかずの蛋白質系が無いというときに、缶を開けて薄く2切れほど切って油を引かないフライパンに並べて焼く。肉から出た油で刻んだキャベツでも炒めて、弁当箱の白飯の脇に詰めておけばそれらしく見える。
ただし一度缶を開けると、内容量が多いので、一週間連続して弁当のおかずと、休日の昼食がそれになってしまうため、一缶分消費し終わった頃には、「しばらく食いたくない」となる。

とりあえず、体にはあまり良くなさそうだし、安くもないし、脂っこいし塩辛いしでそんなにおいしいものでもないのだが、それでもなんとなく買ってしまうのは不思議。
賞味期限がおそろしくなるほど長いので、買った直後は「これは非常食にしよう」と、防災袋の中に放り込んでおくのだが、結局数ヶ月持たない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生田蕗子の喪失

前の晩に使っていたノートPCの電源を切り忘れていたことに、朝になって家を出る前に気が付いた。
サスペンド状態になったままで、キーを押しても復旧しないので、その場は強制的に電源を落として、そのまま出勤した。

家に帰って再起動を試みるが、ハードディスクがゴリゴリと嫌な音を立てるばかりで、メーカーのロゴが表示される起動画面から先に進まない。何度か再起動を繰り返しているうちに、画面に見たこともないような数字の列が表示されるようになった。表示された数字の意味をマニュアルを探し出して調べてみると、「メーカーに修理を依頼してください」とある。壊れた。

思えばしばらく前から予兆はあった。ハードディスクの異音だって、昨日今日始まったものじゃない。ハードディスクのバックアップは何年前から取っていなかったんだっけ。
このマシン自体、もう5年以上使っていたわけだから、PCの寿命としては驚異的とも言えるだろう。
2GBのハードディスクでは容量が足りないからと、この間PCカードの5GBのディスクを買ってデジカメの写真データは移動していたものの、何故他のデータもコピーしておかなかったのか、とか、まあ後悔する点は山ほどある。

さっそくメーカに修理を依頼する。原因はやはりハードディスクの故障であった。交換後の、元のハードディスクは廃棄するという。
メールや過去に綴ってきたWEB日記のデータ、体重推移のリスト、ニフティの過去ログその他諸々。たかだか2GBのディスクには5年分のモノが詰まっていたわけで。
見積書の返信の際に、駄目元で外したハードディスクを貰うことはできないだろうかと一筆書いて同封してみたところ、部品代の実費を払って返してもらえることになった。

1ヵ月後に新しいハードディスクを積んだノートと、元のハードディスクが戻ってきた。ノートのキーボードは、修理に出す前はあんなに埃が入り込んでいたのに、すっかりキレイになっていた。
ノートの故障後、モバイル用途で買ったもののほとんど使っていなかったミニノートを引っ張り出して使っていたので、結局修理から戻ってきた後もそれをしばらく継続して使っていた。

今の相場から考えると結構な額を積んで返してもらった故障したハードディスクもすっかり放置状態となった。
古いデータも、無ければ無いでやってはいけるものだ。
ハードディスクケースという私あたりから見れば怪しげな部品を買ってきて、これでファイルを読めないかと期待して、ディスクを入れて恐る恐る組み立てて繋げてみたものの、故障時と同じ音を立てて、やはり正常に読み込むことはできなかった。

それでも記録の抜け殻に過ぎない壊れたディスクを捨てられず、机の引き出しに放り込んだままになっている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生田蕗子の口紅

20代後半を過ぎて、未だ「お化粧」にご縁が無い。

大抵の女性は20歳前後になった頃に、化粧品会社から試供品などが大量に送付されてくるらしいという噂を聞いたことがある。男子が多い我が母校の名簿は化粧品会社関連には出回っていなかったのだろう。私の所にそういう物が送られてきたことは無い。多分、学校の名簿を元に送付されてくるその他のダイレクトメールなども、他の同世代の女性の平均より少ないのだろうと推測される。
しかし、別に適齢期にサンプルが送られて来なかったから化粧をしないというわけでもない。

不細工なデブに多少色を塗りたくったところで、余計に奇妙なだけだという自覚はある。
とりあえず職場では、「わたしってば、肌がすっごく弱いんです~ゥ」とか適当なことを言っている。
以前、叔母から顔の手入れぐらいしろと化粧水だの乳液だの押し付けられたが、その他、化粧しないことについて周囲から特にどうこうと言われた覚えは、全く無いわけでもないが、それほど無い。
もらった口紅も一応ポーチに放り込んではいるが、たまに付けると何かが付いているという感触が気持ち悪くて仕方なく、完全に落とすのも一苦労で、結局持っているだけという状態である。

でも、人が化粧をしているのを見るのは、実は結構好きだ。
昼食後、皆が一斉に化粧直しを始めるのを、自分の髪をとかしながら、ちらちらと眺めたりする。
誰かが、新製品のDMなどを持ってくると、一斉に化粧談義。化粧にご縁のない私にはメーカー名とブランド名の繋がりどころか、化粧品の種類ですらおぼつかない。
周囲で語られる話を聞いていると、皆、化粧で苦労しているらしい。
「いろんなブランド試してみて、やっとコレが一番合うて分かった」と、その試行錯誤の過程で随分肌が荒れたこともあるという話を聞いた。他の人が「私も」「私も」と同意する。
そんな、大勢の人が皮膚に異常をきたすような事例を、「私には合わない」の一言で済ませて良いのだろうかという疑問は沸くが、それはそういうものということになっているらしい。

20歳過ぎたら、ちゃんとお肌の手入れをしないと、年を取ってから大変なことになるらしい、という話はよく聞く。よく聞くが、今更試行錯誤して、数~数十年後のために、皮膚を荒らすかもしれない高価な薬品を塗りたくるのも、何か根拠の無い信仰のような気もしないではない。というわけで、石鹸洗顔と水洗と、気が向いたときだけオイル洗顔と安い化粧水、たまに乾燥して荒れて痛いときだけ薬用クリーム、夏場は日焼け止め、という程度に留まっている。今時の小学生以下なのかもしれない。

結局のところ、今までやってなかったことを今更始めるのも「面倒」。これに尽きる。10年経ってすごい後悔をするのかもしれないという恐れはあるのだが。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生田蕗子と○※△世代

今では死語となったようだが、かつて「いちご世代」とか「新人類」とかいう言葉があった。

自分が十代前半であった頃、自分も15歳になったらそのいちご世代とやらに入るのかと思っていたが、実際にその年齢に達した頃にはその言葉は既に使われなくなっていた。ここで「いちご世代」というのは、単に15歳前後の年齢の者を指す言葉では無く、自分より少し上の年齢層、今は30歳ちょっと過ぎ辺りの人たち、を指していた言葉だと知る。「団塊Jr.」という言葉もある。

学校に入学した当初は、今思えばバブル絶頂期だったのだろう。学校がパンフレットに謳っている求人倍率は二桁を超えていたし、会社の人事担当者がぜひウチに、と挨拶に来たという話もよく聞いていた。だから、自分が就職活動を始める直前になって、「就職氷河期」などという言葉が生まれ、自分が就職活動で二桁を超える数の会社を回る事になるとは考えてもみなかった。自分より上の学年はこんな苦労をせずにすんなり就職を決めていたはずなのに、と恨み言をぼやく先は架空の「青春を思いっきり謳歌して、就職もすんなり決まって、すごく恵まれた人生を送っている元いちご世代」に対してであった。

ルーズソックスとかいうのが流行し始めたのは、自分より一つ二つ年下の学年からであった。制服着用を強制される学校では無かったので、大抵の学生はブレザーの制服(男子は学ラン)を着るのは入学した当初のみで後は私服で通学していたが、自分より下の学年の女子が皆一様に、夏を過ぎても年を越しても制服を着用しているのを見て不思議に思えたのを覚えている。学校の制服は冬服しかなかったので、真夏に冬用のベストを着るのは随分と暑かったことだろう。彼女らの足元はあのルーズソックスが覆っていた。思えば、中学の校則にあった男子の丸刈りの条項が削除されたのも、自分が中学を卒業した直後だった。彼女らの短いスカートを見て、中学生の頃スカート丈が長すぎると注意されたことを思い出し、感覚が全然違うのだということに気が付いた。

と、名も無き「我々の世代」は自分より2歳上の「団塊Jr.」とも2歳下の「ルーズソックス世代」とも、実際の年齢差以上に世代ギャップがある気がするというようなことを同じ年の人間と話していたら、5歳上の人に「そんなもん、どの年代でも同じや」と笑われた。

| | Comments (3) | TrackBack (11)

生田蕗子の自画像

中学の美術の時間に、粘土で「自分の顔」を作ったことがあった。
自分としてはなかなかの出来だと思い、家に持ち帰って、早速母親に見せたところ、開口一番、
「おじいさんの顔を作ったの?」と来た。

後日、家に来た叔母に見せても、「おじいさんの顔」と言う。
自分が祖父と似ているとはそれまで思ったことが無かったが、「なるほど、あんたの顔のコンプレックスを修正するとおじいさんの顔になるわけだ」と分析までされてしまった。母は、粘土の顔は実物の私よりも鼻の大きさが小さくてバランスが良いのだと言う。どうやら、私の中の芸術的センスは、自分でも気が付かないうちに自分の顔の嫌いな部分を修正していたらしい。
しかし、ここで遺伝的新発見をされても、単に造形の出来栄えを褒めてほしかっただけのこちらとしては全く嬉しくないわけだ。一体どこの女子中学生が自分の顔を作って、祖父さん祖父さんと言われて喜ぶものか。
最終的に、「おじいさんの顔」と呼ばれるようになったその粘土細工は、祖父本人に進呈されることとなった。

顔の似ている・似ていないという判断が、どうも私にはよく分からない。幼稚園の頃から、○○ちゃんのお母さんというのがよく判別できなかった。未だに、誰かの子供の写真を見せてもらっても、皆が「○○さんにそっくり」と言っているのに、私にはそっくりなのかどうなのか、実のところよく分からなかったりする。適当に相槌を打ちつつも。

小中学校のクラスメイトからはよく「生田さん、お母さんそっくり」と言われていたが、私は似ているとは思えないし、母方の祖母は「蕗ちゃんはお父さんに似ている」と言う。

「似ている・似ていない」というのは、もしかしたら、皆適当に言っているだけなのではないかという疑問も拭えない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生田蕗子と表計算

職場で、派遣で新しく来た人がすぐに引き上げになったという話を聞いた。私はまだ顔も見ていなかったのに。
「パソコンの操作が出来る人を頼んでいたのに、Excelの使い方も知らんかったんやって」とか、何とか。
少し前なら、PCの操作が出来るなら、Excelの入力操作などもすぐに覚えられるだろうということで、今回のように即日引き上げ決定なんてことはなかっただろう。今はもうこの職場で一般的なソフトの使い方を一から教えるという余裕は無いということらしい。

自分が初めてカルクソフトというものに触ったのは学生の時だ。
学校が夏休み時期に開催していた「主婦のためのパソコン講座」の手伝いに呼ばれて、開催日の前日にそれまで使ったことの無かったLotus1-2-3の操作を教わった。
これは学校で習った事柄のうち、実際に役に立っているものの上位に入る。少なくとも微分・積分よりはずっと役に立っている。ついでに、学校卒業後の人生において、三角関数のsin、cos、tanの計算を頻繁に使う機会があるということは非常に意外だった。

今は、Excelもお仕事でカンッペキに使いこなせています、という風を装ってはいるが、実際には、昔学校で1-2-3の操作で習ったこと以上のことがそれほど出来ているわけでもない。さすがにメニューを出すときに「/」を押したりはしないが、Excelの関数が「=」で始まることを長い間知らず、未だに「+」や「@」から打ち始めている。
マクロの使い方なども覚えたほうが便利なのだろうと思いつつも、数年前に買った「○日で覚えるExcelマクロ」の本は本棚の隅で埃を被ったまま、旧バージョン版と化している。
新しいことを覚えていかなければ、「CADとExcelの操作と、CとFortranの簡単なプログラミングは出来ます」だけでは、いずれ次の仕事が見つからなくなるだろうという危機感だけはあるものの。

どうでもいいことだが、これまでにないほどマニュアルとヘルプを駆使し、苦労して表示しないようにしたのに、それでも間違えて「F1」を押したときに出てくるイルカが嫌いだ。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

生田蕗子の嫌煙

生まれてからこれまで、一度たりともタバコというものを口にしたことがない。
別に中学時代に教師から吹き込まれた「タバコ吸ったら次はシンナー吸うようになって、その次は覚醒剤に手を出して人間終わる」を未だに真に受けているわけでもないとは思うが、というかあんなこと言ってた割に職員室ってやたら煙たかったような。生徒は持ち込み禁止のお菓子とかだって平気で食べてたし。
まぁ、タバコについては、単に機会と興味がなかっただけである。

全く興味が無かったかと言えば嘘にはなる。小説やエッセイなんかの中で、小道具として出てくるタバコがすごく格好良く思えたりすることもある。でも、やっぱり手元に250円あるなら、口の中苦くして灰にしてしまうより、ハーゲンダッツのミニカップでも食べてた方がよっぽどいいやと思う。

世の中、嫌煙だの分煙だの言って、喫煙者には肩身が狭いという話をよく見聞きするような気がする。しかし、実際に街中で見かける喫煙者は肩身の狭さなど微塵も見せず、大手を振って堂々としたものだ。振っている手の片側には火の付いたタバコを挟んでいるわけだが。

実際のところ、タバコを吸っている人間には近づきたくない。見るのも嫌だ。タバコ吸った後に染み付いている臭いも嫌い。と、そんな場面でついついしかめっ面をしている自分に気が付いて、己の矮小さにうんざりもしてみたりする。

通勤時の駅前での歩行喫煙。これは屋外であるし、副流煙だの臭いだの言ってみてもたかだか知れている。要は、人の多いところで火の付いたものを振り回されるという状態に腹が立っているわけだ。灰だって飛んでくることがあるし、なるべく近づかないようにしたいが、狭い歩道に人が多いと避けようがないことも多い。たまに胸の前にタバコをきっちりホールドした状態で歩行喫煙している人を見かける。これは人がさほど多くなければ許してやってもいいかと思うが、私が許そうが許さなかろうが、関係無しに朝の煙は立ち上る。

駅のホームの喫煙。喫煙コーナーの人だかり。異臭漂うその空間の横はなるべく早足で通り抜けるに限る。
喫煙コーナーから離れて、煙を立てている人が一人二人三人。近寄らなければ、別に私に何ら悪影響を及ぼすわけでもなし、別に私が腹を立てる必要など何もないのだが、それでも引っ掛かるのは、喫煙行為そのものではなく、「ホームでは終日禁煙(喫煙コーナー除く)」という存在するルールに違反していることに対してなのだろうと思う。ガラガラに空いた女性専用車両の座席におっさんが座っているのを見かけたときと同様のものだ。電車内で携帯禁止と言われなければ、別にペースメーカを装着しているわけでもない私が、隣の席でメール打ちに熱中している学生に腹を立てることもなかっただろうにと。

就業中。喫煙所から帰ってきたオジサンが、席の傍を通る。タバコ吸い立ての臭いがする。場合によっては、「ちょっとこれ教えて」と、やって来る。
ずっと、この臭いが嫌で嫌でしょうがなかった。私のコーヒー入れる休憩とトイレ休憩を合わせたよりも頻繁だし。
ちょっと考え方を変えて、この臭いがしたら、一度顔を上げて深呼吸をしようと思った。一瞬だけ休憩する合図にしようと決めた。そうしたら、オジサンの喫煙所帰りの臭いがそんなに気にならなくなった。

仕事帰りに、買った本でも読もうとファーストフードに寄る。
ここの店は、禁煙コーナーがないので、周りがタバコを吸っていない席を見定めて着席。
隣で本を読んでいたOLっぽい人がしばらくして出て行った後、買い物帰りらしきおばさんがどっかり座る。
カチカチという嫌な音。案の定、煙がこちらに流れてきた。
わざとらしく咳き込んでみたり、パタパタと手を振ってみたりもするが、おばさんはお香のように灰皿の上に火の付いたタバコを燻らせたまま、何やら本を読んでいる。仕方なく予定の半分も読んでない本を鞄にしまって、冷えたコーヒーを飲み干して店を出た。別に、ここでタバコを吸うことは問題のある行為ではない。

やはり、私は寛大な人間にはなれそうにもない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生田蕗子とお御籤

むかしむかしの大むかし、あれは小学校低学年の頃。
誰かがおみくじのキーホルダーというものを持っていた。
あの、おみくじが入っている八角形だか六角形だかの筒をミニチュアにした奴で、振ると「大吉」や「中吉」などと書かれたクリーム色のプラスチックの小さな棒が筒から出てくるのである。
遊んでいる途中にちょっと休憩している時、よく皆で振らせてもらっていた覚えがあるが、このご神託の中で一つ、謎の言葉があった。
「区」という一文字である。

「吉」という文字が入っているものはとりあえず何かがラッキーなのだろうということは分かるが、「区」。
これは一体、良いものなのか、悪いものなのか。
分からないので、とりあえず、その仲間の中では「どちらでもない」ということになっていたと思う。
今になって考えると、というより考えるまでも無く、単に「凶」という漢字を知らず、見る方向を間違えていただけである。

自分は、おみくじを引いた時に大吉によく当たる方だと思う。近所の神社や寺のおみくじに仕込まれている大吉の配分が元々多いという可能性もあるが、ここはあまり考えないことにする。
しかし、ここで喜んでそのままその辺の木に括り付けてはいけない。
下のほうに書かれている文面を良く読むと、「これは本当に大吉の内容か?」と思うようなことが書かれていることが多かったりするのだ。まぁ、気を緩めるなということであるのだろうと、財布の中に折って放り込んでおく。

私の引く大吉は、「ほっといても大当たり~。何でもかんでもうまくいってハッピー」などという類のことは絶対書いてなくて、「こつこつ努力すれば、努力した分ぐらいは報われます」という程度の大吉である。

山の上のお寺に行って、5円か10円のお賽銭投げて、「じゃあ、こつこつ努力できる人にしてくださいな」と神頼みだか孔法大師頼みだかして、ポケットに100円があれば毎度似たような文面のおみくじ引いて、財布に前のおみくじが残ってたらそれを木にくくりつけて帰ってくるのが、休日のウォーキングコースの一つになっている。

| | Comments (0) | TrackBack (94)

生田蕗子の文字

字がきれいな方ではない。というか、率直にいうと字が汚い。

仕事で提出するための報告書などはワープロで作成するのでそれほど困ることは無い。
毛筆や筆ペンで字を書く必要に迫られることもさほどないから、これもまあいい。

問題は、メモである。

時々、手帳やメモ帳にびっしりと文字を書き綴ることがある。
通勤または帰宅途中の電車内であったり、仕事帰りに寄るコーヒー店であったりする。
内容は、その日やその前の仕事の内容とか愚痴とか、明日以降の予定とか、すごくくだらないアイデアとか夕べ見た夢の内容とか、本日の出費とか、そんなところ。仕事のことにしたって、本当に忙しいときには書いていないことが多いのだが。

さてこの手帳、後で読み返そうと思っても、汚い字でびっしりと書き込まれているものだから、あまり読む気になれない。万一人に見られたら、変人であると思われそうな手帳の内容だが、まぁ字の汚さで、他人も読む気はしないだろうと思っている。時々、本当に自分でも解読できない文字があったり。

この解読できない文字で一番困るのが、仕事でのメモだ。
どういう状況でそのメモを書いたのか、これは何の字のつもりだったのか、と随分悩むことがたまにある。

こんな自分用のメモを書くときというのは、不思議なもので後で読むときのことは全然考えていない。

日々、ほとんどその後読み返すこともない文字を綴る。
実際、問題は文字の汚さだけでもないのだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« December 2003 | Main | February 2004 »